予想どおりに不合理

予想どおりに不合理 という本の抜き書き。「行動経済の本」とあったけれど、むしろ心理学とか、マーケティングの本だと思った。

「おとり」の効果

  • 選択枝に「おとり」を設定すると、特定の選択枝に、顧客を誘導することができる
  • 似たような製品が販売されていると、たいていの場合、中間価格の製品が選択される。 最初から、一番売りたい製品を「中間」に設定すると、それを売ることができる
  • 飲食店経営コンサルタントのノウハウ。価格の高い料理をメニューに加えると、たとえそれを注文する人がいなくても、 レストラン全体の収入が増える。たいていの人は、「次に高い」ものを注文するから
  • 誘導したい選択枝によく似ていて、それよりもわずかに劣る、「おとり」選択枝を加えることで、 誘導したい選択枝がより引き立つだけでなく、競合する選択枝よりも優れているように見せることができる

相対性

  • 「比較」されると、劣位に回った人間はそれを挽回しようと思う
  • アメリカの最高経営責任者の給与が公開されるようになってから、 彼らの給与は法外な水準にまで上昇した。「金持ちが大金持ちに嫉妬する時代」という表現が使われている
  • 全社員がお互いの給与を知ってしまったら、恐らくは一番の高給取りを除いて、 全ての社員が「自分の給料は安すぎる」と感じてしまう。こうした情報を公開することは、 その企業の息の根を止める可能性がある

「皆さんこれを買っていますよ」だとか、「お客さんぐらいの収入なら、これぐらいの品物でないと…」とか、 古典的なセールス技法は、だから有効なんだろう。 年齢だとか収入、あらゆる序列は、可視化のやりかたに適切な工夫を加えることで、対象を説得するための、 強力な武器として援用することができるはず。

無料の効果

  • 人は誰でも、「失うこと」に本能的な恐怖を抱く
  • 「失う」リスクがない、「無料」という価値は、だから単なる値引き以上の効果をもたらす
  • Amazon は、一定金額以上の本を購入すると、送料を「無料」にするサービスを行って、大成功した。 フランスの Amazon だけは、送料を無料にしないで、「1 フラン」に止めた。 わずか20円程度の金額にすぎないのに、フランスでは収益が伸びなかった
  • 2セントと1セントとの違いは小さいが、1セントとゼロとの違いは莫大になる。 値段ゼロは、単なる値引きではなく、むしろ全く別の価値と考えるべき。
  • 選択もまた、「失う」ことに対する恐れから自由になれない。私たちは、全ての選択枝を残しておくために、 同じように必死になる。必要以上に高性能のコンピューターや、無駄な保証のついたステレオは、だからこそよく売れる

たぶん「こんなことができますよ」よりも、「言うとおりにしないとこんなものを失いますよ」のほうが、 あるいは、「みんなこんなに得してるのに、あなたは損を選択するんですね」みたいなやりかたのほうが、 その人を強力に動かすんだろうと思う。

追記: 「無料」と同様、「無制限」もまた、同じような効果がありそう。「コピー100回可能」は無価値だけれど、 「コピー無制限」になると、それはとたんに、とてつもない価値を持ちうるみたいな。

社会規範と市場規範

  • 「愛情」のような、社会規範で回っている状況に、「キスは○○円」のような市場規範を持ち込んでしまうと、 人間関係を損ねる。一度この逸脱を生じてしまうと、関係を修復するのは難しい
  • イスラエルの託児所で、子供の迎えに遅れる親に対する罰金の効果が調査された。 罰金制度はうまく行かないばかりか、むしろ遅れる親を増やした
  • 罰金制度は数週間で撤廃され、「市場規範」は「社会規範」へと戻された。 親の意識は戻らなかった。罰金はなくなっているのに、 罰金ルールの時と同じように、遅刻する親が増える状態が続いた

社会規範は限界があるけれど安価で、市場規範で同程度のガバナンスを実現するためには、 たぶん想像以上に莫大なコストがかかる。今みたいな時代、コスト削減と士気の維持とを 両立させる手段として、不況の時こそ宗教団体の絡んだ会社が競争力を持つかもしれない。

「現金」の効果

  • 25年前、アメリカ人家庭の貯蓄率は、2桁台が標準だった。1994年でも、貯蓄率は5%あった。 2006年にはゼロ以下になり、貯蓄率はマイナス1%になった
  • 平均的なアメリカ人家族は、クレジットカードを6枚持っている。平均的な家族のカード負債額は9000ドル程度にのぼり、 7割の家庭が、食費や光熱費をクレジットカードの借金でまかなっている
  • MIT 学生寮の共用冷蔵庫に、コーラを6本 置いておいたら、72時間で全て持って行かれた。 このとき同様に、冷蔵庫の中に1ドル紙幣を6枚、 皿に載せて入れておいたが、こちらを持って行った学生は一人もいなかった
  • 企業は会計で不整をするし、役員は過去の日付に改ざんしたストックオプションを使う。こうした人達が、ならば誰かの小銭を 盗むような真似をするかと言えば、まずそんなことはありえない。不正行為は、現金から一歩離れたときにやりやすくなる
  • 現金を使わない取引には、必ず都合のいい正当化が見つかる。職場の鉛筆を失敬することも、 誰かの缶コーラをもらっていくことも、どれも「あとから返すつもりだった」だとか、もっともらし言い訳がたつ
  • 現金を使わない取引においては、自分を不正直な人間だと思うことなく、誰でも不正直になれる

本文中では、「だからこそ人は、自分の弱さに自覚的であるべき」なんて結論だった。 パチンコ屋さんの「玉」という代替貨幣だとか、環境保護みたいな「免罪符」に結びつけた、 「現金」を隠蔽する支払いの手段を見つけられれば、そのコミュニティは成功しやすい。