嫉妬が生みだす公正な社会

田舎の常で、マイナーな漫画本だとか、ハヤカワのSFだとか、本屋さんにほとんど売ってない。

最近はだからAmazon ばっかりだけれど、発注かけて、題名検索して、実物手に入る前に海賊版が 見つかったりすると、なんか落ち込む。

海賊版は便利

特によく売れている漫画本は、発売されてから10日もすれば、たいていは世界の誰かが海賊版を作る。

漫画の題名と、よく知られているダウンロードサイトの名前と、検索ワードに両方入れて検索すると、 英語圏だとか中国だとか、たいていはどこかのサイトが引っかかってくる。

日本の漫画家が、漫画を書いて本を出す。

海外の誰かが、それを購入してスキャンして、ダウンロード可能な形で、アップローダーに上げる。

恐らくはどこかに、海外の「2ちゃんねる」みたいな掲示板があって、そういう人達が情報を交換して、 やっぱり海外の、別の誰かが「まとめサイト」みたいなものを作って、検索しやすい形で公開する。

場所によっては、すごく「親切」な作りになってる。

文章は読めないけれど、その漫画の題名の下には小さなサムネイル画像が何枚かあって、 恐らくは漫画の紹介文だとか、感想文だとか、細かく書いてある。文章の最後にはリンクが張ってあって、 そこからダウンロードサイトに飛ぶと、もうそのまま、海賊版のファイルがダウンロードできる。

海賊版」は便利。中身は画像ファイルの集まりだから、好きなソフトで読むことができるし、保存も削除も自由にできる。

出版社にも、「ダウンロード版」を提供するところが増えたけれど、お金払うまで内容が全く 読めなかったり、お金払ってデータもらって、それを読むためには、その出版社でしか使えない、 お世辞にも出来がいいとは言えない電子ブックソフトをインストールしないといけなかったり。 自分で買ったデータなのに、保存する場所も自分で選べなかったりして、 せっかく電子化された情報なのに、なんだか実物の本よりも取り回しが悪い。

検索できること。あらゆる本が揃っていること。「まとめサイト」があって、同じような本が探せること。 今の「海賊版」は、Amazon よりもむしろサービスがいいぐらいで、どこにでも居ながらにして、 クリック一つで「実物」がダウンロードできる。

それはたしかに「違法」だけれど、「合法」側の分が悪すぎて、 これではたしかに、まじめにお金払う人は減る一方だよなと思う。

ゆるい絆の強い力

海賊行為をする人達は、スキャンする人、アップロードされたファイルを探す人、 サーバーを提供する人、様々な情報を見やすくまとめて公開する人、たぶんみんなバラバラに動いていながら、 それが何となく、検索エンジンを介したゆるいつながりを保っている。

「ゆるい共同体」は、結果として Amazon 以上の規模を持った「バーチャル書店」みたいなものを ネット上に作り上げているけれど、この組織には「頭」に相当する場所がないから、 今までの法律だとか、警察のやりかたでは潰せないし、たとえどこか一部を潰したところで、 個々の人達がやっていることは決して複雑なことではないから、需要がある限り、その機能は別の誰かが置換して、 海賊行為は無くならない。

「ヒトデ」のような、中枢神経を持たない生き物のような組織の典型で、こういう構造を持った組織は、 著作権を管理する人達がいくら強力に取り締まっても、たぶん問題は解決しない。

嫉妬でヒトデを退治する

「ヒトデはクモよりなぜ強い」という本には、こういう「ヒトデ」退治の方法として、 アメリカ先住民族アパッチ族に、牛を与えるやりかたが紹介されていた。

スペインが南米を征服した昔、そのまま北に進んだスペイン軍は、アパッチ族に撃退された。

アパッチ族には「族長」の概念が希薄で、リーダーに相当する人は、その場の雰囲気で何となく決まっていたから、 スペイン軍が「頭」とおぼしき人物を倒しても、相手の勢いは乱れなかったのだという。「頭」を倒しても、 すぐに別の誰かがその場所に座って部族を率いたから、アパッチ族は負けることがなかったのだと。

北米に移り住んだアメリカ人は、アパッチ族を撃退するのに、相手に「牛」を贈与した。

牛は貴重な財産で、財産をもらった「頭のない組織」には、組織のリーダーになることに、 財産という実利が発生するようになった。財産の取り分を巡って、アパッチ族には いざこざが発生するようになって、結果として「頭」が生まれたアパッチ族は、 軍隊が与しやすい相手となって、アメリカ大陸の主導権は、白人が奪うことになったんだという。

合法違法を問わず、全ての「ダウンロード」にお金が発生する仕組みにしたら、面白いだろうなと思う。

これをやると、違法ダウンロードを許可しているアップローダー管理人だとか、 あるいは「まとめサイト」を運営している人達には、すごい財産が転がり込んでくる。

その一方で、漫画を購入してスキャンデータを作る人にはなんのお金も発生しないし、 今まで無料の漫画を楽しんできたユーザーは、今度はまとめサイト管理人にお金を支払わないといけなくなる。

恐らくは「バーチャル巨大企業」と化していたゆるい共同体には、嫉妬心が生まれる。

大金を手にして笑いが止らない人達を見て、まじめに(?) スキャンしていた人達は、 バカらしくなってデータを上げなくなってしまうだろうし、 どうせお金を払うのならば、ユーザーはたぶん、「ずるく儲けている奴ら」よりは、 たぶん漫画の原作者を探して、そこにお金を払いたいと思うようになる。

結果としてたぶん、漫画をスキャンしていた人は、単なる漫画好きの読者に戻って、 海賊版をダウンロードしていたユーザーは、原作者から直接漫画を購入して、 「ずるい」中間層には、データもお金も入ってこなくなる。

この人達がもう一度、いい思いをしようと思ったら、今度は自分で漫画を購入して、 自分でスキャンして、有償配信を行わないといけない。 これはもう、単なる犯罪だから、今までどおりの法律で容易に取り締まることができる。

ユーザーの知能化が公正を生む

「ずるい」人達に罰を与える代わりに、彼らに財産を与えて大笑いさせることで、 共同体に嫉妬心を育てて、結果として、無難な状態としての「フェアな世界」を作り出す。

恐らくは「支払い」という行為をユーザーに強要することで、ユーザーには「頭を使う理由」が発生して、 そのときたぶん、自分がお金を受け取る理由をきちんと説明できない人達は、共同体から追われてしまう。

こうしたやりかたは案外有効だと思うんだけれど、恐らくはたぶん、最初のひと転がり、 「ずるい奴らが大笑い」を我慢することができない、あるいは、「ユーザーに知能化してもらっては困る」、 著作権を守る側の嫉妬心が、こうしたやりかたを阻害してしまうんだろうなと思う。