枯れた技術の水平思考

ワンダースワンゲームボーイを作った、任天堂の技術者横井軍平氏の設計哲学。

「枯れた技術」とは最先端のものでなく、散々使いこなれて枯れてきた(安くなった)技術、「水平思考」とはまるっきり違う目的に使う、たとえば電卓をゲームに置き換えるようなことを言う。

任天堂のヒット作である「ゲーム&ウォッチ」は小型電卓の技術が熟成したから実現したのだし、後の「ゲームボーイ」も、小型液晶TVが出てその技術が枯れてきた頃に出ている。

「枯れた」技術は単に安価なだけではなく、壊れにくい、それを使った場合の利点/欠点が実世界で十分に検討されているという点で非常に信頼性が高い技術でもある。

実際問題、機械の信頼性が要求される分野では、問題が出尽くして動作が安定している半導体部品やソフトウェアを使うことが多い。そして、こうした部品やソフトに対して「枯れた」という表現を使う。

医療現場で動いているOSはほとんどがいまだにMS-DOSやWindows3.1を使っている。

内科の治療の分野でも、同様のことが言える。「期待の新薬」に飛びつく医者は、今ではほとんどいない。トリルダンやノスカール等、発売当初はすばらしい薬とされていたものが数年ほどで副作用から発売中止となるケースは今でも多いし、誰だって地雷は踏みたくない。

そんな中で、他の分野で発売されてから歴史のある薬、「枯れた薬」を別の目的に転用するのは非常に面白い。例えば以下のようなものがある。

骨粗しょう症にフルイトラン、スタチン 痛みに三環系抗うつ薬 不整脈にフェニトイン 痛みにキシロカイン 痙攣重積発作にキシロカイン 不安神経症にベータ遮断薬 不隠にCa拮抗薬 誤嚥防止にACE阻害薬、アマンダジン 腸管麻痺にエリスロマイシン ひどいにきびにミノマイシン 褥瘡にフェニトイン、インスリン、アダラート噴霧 統合失調症、不隠にデパケン

報告されている効果もさまざまなら、そのエビデンスレベルも学会雑誌に載るレベルから都市伝説に近いものまでさまざまだが、どの薬についても(使ったことがある医者なら)その作用や副作用、効果のほどがある程度推定できるのがありがたい。

新しい薬が出しにくくなっているためか、以前は際もの的な扱いだったこうした古い薬の見直し系のペーパーが増えてきたのは個人的には歓迎している。

こうした別分野の薬の流用は、病理学的な機序が同じ疾患であれば成り立つ可能性が出てくる。たとえば痙攣発作は、循環器的には脳のVT、しゃっくりも神経学的には同じような機序で生じ、お互いの領域で使ってきた薬(抗痙攣薬や抗不整脈薬)はお互いに置換できる。

もっと細かなレベルでは、「細胞のアポトーシスが原因の疾患」というくくりで拡張型心筋症と肺線維症が入ってくるといった話題もあり、肺線維症に対するACE阻害薬の効果、といった話題も実際に論じられている(Annals of Internal Medicine に以前載ったreviewなのでそんなにマイナーな話題ではないはずだ)。

今は心不全治療でスタンダードになっているACE阻害薬は、以前からあったにもかかわらず誰も心不全患者に用いようとはしなかった。ベータ遮断薬は、一時70年代には心不全患者に使われていたにもかかわらず、薬理学の(誤った)進歩で使用禁忌とされ、その見直しは90年代を過ぎるまで行われなかった。

いつも何気なく処方している薬に全く新しい使い道が生まれ、実は特定の病気に対して非常に有効な薬だったと分かることは非常に面白い。臨床屋をやっていて、こうした発見を出来る観察力をもてるとすばらしいのだけれど。