誰にも出来ない技術

大学卒業後に市中病院で研修。4年ぐらいお世話になってから一度外の世界を見てみたいと思った。

それなりに忙しい病院でそこそこ働けるようにはなったが、他の病院の人たちに比べて自分がどの程度の医者なのか、この業界はそういった指標が何もない。4年目といえば、まだまだスタッフの実力には遠く及ばないものの、何とか自分に降りかかってくる火の粉は払える程度の力。

まだまだインターネットもろくに普及しておらず、卒業後の同級生の動向も同窓会報を見る以外には全く分からなかった頃。

自分も一応循環器の医者を名乗っていたので、とある循環器系の大学病院を選択。最初はすぐに外病院の働き手として出されるはずだったが、一応面白い奴と思われたのか、そのまま外の病院へ出ることなくずっと大学にとどまっている。

卒業大学でもなく、もちろん医局に友人一人いない状況。自分がこれといった特徴のない、平均的な医者であったならば今とは立場は違っていたはず。

初対面同士、自分がどんな人間で、どんな技術を身につけていたのかをアピールするのに一番役に立ったのは、一見ゴミの山にしか見えないレスピレーターの部品の山から1本の呼吸器回路を作り出せることだった。

こんなものは、本来はMEさんの領域の仕事。べつに特別な知識がいるわけでもなく、単にブロックを積み重ねるように回路を作るだけのことなのだが、こんなことでも実際に回路を組み立て、それを患者さんにつけた経験がないと同じことはできない。大学病院には臨床工学技師の数が少なく、また呼吸器の回路を組んだ経験のある看護婦さんも病棟にいなかった。

前の病院での研修医時代、別にこんなことばかりやっていたわけではない。カテも数百人やらせてもらったし、呼吸器管理、透析、分娩、果ては胃全摘や胆摘の術者なども一応形だけはできる。でも、同じことができる医者は大病院に行けばいくらでもいる。形だけ全部できると称する医師がいても、それぞれの専門家に頼んだほうが安全、確実。ゼネラリストの出番などない。

"何でもできます"というのは、アピールのやりかたを間違えると"なんでも中途半端にしかできません"といっているのと同じになる。そう思われた後のゼネラリストの人生は悲惨で、実力は十分なのに寝たきり老人の話相手以外に仕事のない(それもまた大事な仕事なのでしょうが)一般内科医はたくさんいる。

何かひとつ、専門家集団の誰もが知らない知識を持っていると、自分という医者を初対面の人に紹介するときに非常に役に立つ。それは医学の知識とは限らないし、自分の得意分野とも限らない。大事なことは、研修期間中に入ってくる知識や経験を限定せず、とにかく何でも学ぶことだと思う。

人工呼吸器の全身管理のしかたではなく、呼吸器回路の組み立て方など研修医にとっては"ゴミ"にも等しい知識なのかもしれない。だが、少なくとも自分にとっては大学の中での自分の立ち位置を作ってくれた非常に貴重な知識だ。