人工呼吸器の思想的後退について

呼吸状態の悪い患者さんがいて、病棟で挿管して呼吸器につないだ。

電源も、酸素の配管も、いつもどおりにきちんと接続されているのに、呼吸器は作動しなかった。すごく焦った。

その日はたまたま、今まで使ってた呼吸器がメンテナンスに出されてる日で、病棟には代替機として、 その呼吸器の次世代機が入ってた。見た目はそんなに変らなくて、「制御系が今までよりよくなってます」 なんて説明で、普通に動いてたから、納得してた。

一度動いてしまえば、呼吸器の操作は今までと同じなんだけれど、一番最初の起動手順、 呼吸器と患者さんとが接続されて、「最初の一呼吸」が開始されるとき、新型機は、 医師に「モード設定」を要求するように変更されてた。

呼吸器は、「電源入れたら勝手に動く」のが当たり前だと思ってたから、この変更はショックだった。

昔はスイッチなんてなかった

ベトナム戦争前後に登場した最初の呼吸器は、そもそもスイッチに相当するものがなくて、 人工呼吸器に圧搾空気ラインを接続したら、機械は勝手に動き始めた。

ちょっと時代が進んで、呼吸器には「電源ボタン」がついたけれど、電源はメーターの照明だとか、 換気量を計算するための計算機だとか、呼吸それ自体とはあんまり関係ない用途にしか 使われていなかったから、電源オフにしても呼吸器は動いて、病院が停電しても、 呼吸は絶対に止らなかった。

もう少し時代が進んで、呼吸器の制御には電源が欠かせなくなったけれど、 呼吸器の電源を一度でも「オン」にしたら、呼吸器はもう止められらなかった。 人工呼吸器には「一時停止」に相当する機能がないから、ベッド移動するときとか、 吸痰するときとか、呼吸器を「ちょっと」外すときでも盛大なアラームが鳴って、 うるさいことこの上なかった。

一度鳴ったアラームは止められなかった

広く普及していた高機能呼吸器の走り「サーボ900」のアラームは、たとえ患者さんが 「正常」に戻っても、止むことはなかった。

アラームが鳴り出したら、とにかく誰か人間が呼吸器のところに走って、 アラーム停止ボタンを押さない限り、アラームは止らない。サーボを作ってるメーカーは、 「アラームが鳴ったら、絶対に患者さんを見よ」なんて、メーカーのくせに医療従事者に 強制してて、サーボ呼吸器のオプションには、「アラームを遠くから止めるための有線リモコン」 があったのに、アラームの自動停止は、頑なに実装されなかった。

高機能呼吸器がアメリカでもたくさん作られるようになって、アラームの信頼性も上がったこともあるんだろうけれど、 アラームは自動停止するようになった。患者さんに何かあって、呼吸器がアラームを鳴らすことがあっても、 その「異常値」が勝手に正常に戻ったならば、アラームも自然に止まるように改良された。

最新世代の呼吸器は沈黙して待つ

人工呼吸器に配管をつないで、電源を入れる。

この時点では、呼吸器は患者さんにつながっていないから、呼吸器のセンサーは「異常」になって、 電源の入った呼吸器は、まずは「異常動作」が始まって、けたたましくアラームが鳴る。 みんなうるささに顔しかめて、アラームオフにしてから呼吸器を患者さんにつないで、 そこではじめて、呼吸が始まる。

一番新しい世代の呼吸器は、この「うるささ」が解消されている。

電源の入った呼吸器は、まずは自己診断を走らせて、今度は「自分が人間につながっているのかどうか」を 判断する。何もつながっていないのなら、あるいは患者さんが息をしていないのなら、 人工呼吸器は動作を停止して、医師が「モード」を入力するのを待つ。

この動作のおかげで、「電源入れたらすぐアラーム」のうるささは解決したんだけれど、 これ知らない医師が今までと同じことすると、冒頭みたいなことになる。

これは改良なんだろうか?

  • 電源ボタンがついた
  • アラームが自動停止するようになった
  • 電源を入れた直後の呼吸器が「指示を待つ」ようになった

どの変化をとっても、たぶん「スイッチつけろ」とか、「アラームうるさい」とか、 現場の誰かがクレーム入れて、メーカーがそれに答えただけなんだろうけれど、 なんか腑に落ちないものがある。

電源スイッチつけたから、呼吸器には「電源オフで止る」可能性が生まれたし、 アラームが自動停止するようになったから、今度は患者さんが、 「アラームなったのに見過ごされる」可能性にさらされるようになった。

もちろんこういうのは注意していればいいのだし、たとえトラブルになる可能性があっても、 それを「運用」で解決することは出来るのだけれど、「構造的にトラブルが起きない状態」と、 「毎度毎度のアラームに耐える不便さ」と、それは果たして、トレードオフに足るものなんだろうか?

今度の改良、「電源入っても待つ」という動作もまた、これに慣れればたぶん、 電源入ってアラーム止める手間が回避できるのだろうけれど、電源入れて、 アラームも鳴らないのに、その呼吸器を患者さんにつないでも、呼吸が始まらない。

自分が「動け」と入力すれば、もちろん呼吸器は設定されたとおりに動いたんだけれど、 電源入れたのに動かない、動かないのに、動かないその状態にアラームを鳴らさない、 仕事しないのに沈黙する呼吸器は、何だかとても不気味に見えた。

時代の変化に自分がついて行けてないだけなんだろうけれど、「患者さんを安全に呼吸させる」、 人工呼吸器本来の目的を考えると、歴代行われてきた改良というのは、 やっぱりどれも、思想的に後退しているような気がする。

顧客の意見を聞くのは大事なんだろうし、顧客の意見無視した製品は、やっぱり売れないんだろうから、 呼吸器のこうした「改良」は、ある意味必然なんだろうけれど。。