戦争の心理学

戦争の心理学という本の抜き書き。

本書の目的は「裁くことでも非難することでもなく、ただ理解すること」。

「パンツを汚す」兵士は珍しくない

  • 警察官や消防士として負傷者の救出に当たっている人は、負傷者の大小便失禁が珍しくないことを知っている
  • 戦闘中の人間にも、大小便失禁は珍しくない。みんな面子にこだわるので、そうしたことは公然と認められず、失禁した兵士は、 自分がどこかおかしいのではないかと思ってしまう
  • 激しい戦闘を体験した兵士のおよそ半分が尿を漏らしたと認め、四分の一近くが大便を漏らしたと認めている
  • にもかかわらず、「パンツを汚した」兵士が出てくる戦争映画は、かつて作られたためしがない。典型的な兵士の姿は、だから嘘に基づいている
  • スターリングラードの戦いから生還したロシアの兵士は、当時の平均年齢70歳に対して、皆40歳前後で死亡したのだという

「気のゆるみ」は正常な反応

  • ナポレオンは「もっとも危険な瞬間は勝利の直後だ」という言葉を残している。戦闘直後の緊張が解けた瞬間には、急激な生理的虚脱を生じて、 ほとんどの人が何もできなくなってしまう。これは「油断」や「気のゆるみ」などではなく、生体の正常な反応
  • 警官は、犯人を逮捕した瞬間に緊張が解ける。犯人はむしろ、逮捕されたときが「戦闘開始」の合図になる。逮捕直後に暴れ出した犯人に、警官が 殺されたケースが報告されている。現在はだから、目標を確保した直後から、安全確保や射界の整備といった「忙しい活動」を開始して、 緊張状態が自動的に維持されるような訓練が行われている
  • 「気がゆるむ」のが正常な反応なので、それをとがめるのではなく、「気がゆるむ人間」が安全に作戦を遂行できるように考えるのが筋
  • 犯罪者と対峙したときのような極限の緊張状態に入ると、人間は訓練したことしかできなくなる。救急コールの「911」という番号ですら、 普段から押せるように訓練しておかないと、家族にそれが必要になったとき、冷静に3つのボタンを押せる人などそうはいない
  • 戦闘が始まると、視野が狭くなり、聴覚が抑制される。これは「何かに気を取られる」ためなどではなく、これもまた正常な反応であるらしい。 戦いを優勢に進めていたにもかかわらず、自分の銃声が聞こえず、「銃が故障した」と思い込んでいた警官の例が記述されている
  • 「戦いを覚えていない」こともまた正常であって、「勇気がないから」などではない。戦いのあと、皆が集まって「反省会」を 行うことは、誰もが忘れていることをお互いわかり合うという意味で、ストレスに対する解毒手段となる

訓練されたことしかできない

  • 戦闘の「本番」になると、皆訓練どおりの反応しかできなくなる
  • アメリカの警察官は、訓練中は空薬莢をポケットの中にしまう習慣がある。銃撃戦でなくなった警官のポケットに、 戦闘で使った「空薬莢」が入っていたケースが少なからず報告されている
  • 犯人から銃を取り上げる訓練をするときには、相手から銃を取り上げて、その銃を相手に返して、また取り上げる動作を繰り返す。 「本番」になったとき、犯人から銃を取り上げた警官は、奪い取ったその拳銃を、そのまま犯人に返してしまったのだという
  • 訓練の時には、安全のために拳銃の代わりに「指」を使っていた警察組織では、戦闘に入ったときにも犯人に指鉄砲を突きつけた ケースが続々報告されたため、この訓練には模型の拳銃が使われるように改良された
  • FBIの射撃訓練は、拳銃を2発撃ち、その後ホルスターに戻す。この訓練もまた、現実の撃ち合いの時に「二発撃ってホルスターに戻す」 警官が報告されて、現在では「発砲した後に周囲を見渡し、状況を確認する」ように訓練が改められている
  • テレビゲームを参考に大量虐殺に走る子供には、「一時停止」ボタンが内蔵されているケースがある。銃を突きつけられた教師が「止まれ」と 子供に命じると、それだけで虐殺が停止したケースが報告されている

「撃たれても前に進む」勇敢な兵士は作り出すことができる

  • ペイント弾を用いた「痛い」訓練は、実際の銃で撃たれて「痛み」を感じたあとも行動を続ける兵士を育成できるので、理想的と考えられている
  • 訓練演習を行うときには、兵士を「殺して」はいけないのだという。教官に「君は死んだ」と宣告されてしまうと、 実際の戦闘になって、一発の弾丸に痛みを感じたその時点で、兵士は「死んで」、行動不能に陥ってしまうのだという
  • 訓練を受ける兵士は、だから撃たれても撃たれなくても、死なずに容疑者と交戦することを強要され、 自らの安全を確保し、そこから生き残るまでは、訓練のシナリオは継続される
  • 「撃たれても前に進む」兵士は、だから再現性を持って作り出すことができる

戦闘の心理的効果

  • 否認が人を羊に変える。安全に携わる人は、「そんなことは起きない」ではなく、「それが起きたら用意はできている」を常に心がけないといけない
  • 「強い」人が内心の恐怖を打ち明け、それを克服する方法を教えると、「勇気」を別の誰かに伝授することができる
  • ミサイルや航空へ威力といった、長距離からの大火力は、相手に恐怖を与えることができない。テロリストにはだから、 「火力」それ自体の大きさは、意味を持たない。刃物のような、個人に対して直接的な脅威をもたらす武器のほうが、ハイテク兵器よりも心理的な効果が高い
  • 「仲間」がそばにいれば、兵士は発砲できる。兵士1人であれば、個人で「引き金を引くまい」と決心することもできるけれど、 チームに属する個人が発砲を回避するには、「仲間」に相談しなくてはならない
  • 古代のチャリオットは、御者と射手とのペアで戦う初めての兵器で、このことがおそらく、この兵器をより強力にした

前作の戦争における「人殺し」の心理学とあわせて、高ストレス環境に置かれた人の振る舞いかたを考える上で、大いに参考になると思う。