急変に強くなる

病院で仕事をしていると、患者の急変、家族の急なクレーム、医療事故等予想し得ない自体が生じることはよくある。このときに人がどう行動するものなのかを知っておくと、万が一のときに役に立つ。

災害時に見られる人間の行動には特徴がある。すなわち、人は何をすべきかを指示してもらいたいのである。自分で選択したり決断したりすることはできなくなり、権威主義的な人物の指示を望む。手術やCPR等、チームで事に当たっている際に予想できなかったようなトラブルに出会うと、チームメンバーの意識は患者でなくチームリーダーに集中する。ふだんならなにか良い代替案が出てくるようなケースであっても、急な自体であればチームリーダーの発言がすべてである。

パニックは、脱出ルートが閉ざされた場合のみ発生する。以前はパニックは群集が集結するところではどこでも起きると考えられてきたが、近年は別の見方をされるようになった。パニックは、危険に追われて逃げようとする人がいて、目の前の避難路や脱出ルートが閉ざされている場合のみおきやすい。

医療の現場では、たとえ急変があっても自分の仕事を指示してくれるリーダーがいるうちは皆それに従い、とりあえずチームは崩れず動きつづける。体を動かしているうちにチームは徐々に落ち着きを取り戻すが、リーダーが崩れると烏合の衆となり、患者は死ぬ。

こうした事態を避けるためには、どうしようもない場合にとにかく時間を稼ぐ方法、よく言われる「挿管してステロイドを静注して、何かカテコラミンをつないでラクテック全開」を本当に行うだけで大体1時間は持ちこたえられる。あとは、リーダーがこうした「汚い治療を避ける美意識」を思い切り良く捨てられるかどうかにかかっている。

パニック状態になった群集は、他人を犠牲にしても自分だけは助かろうとあがくと考えられてきたがこれも否定されつつある。絶望的な状況下であっても、社会の基準やしきたりは失われず、人々の行動に強い抑制力を持つことが最近の貿易センター爆破事件の避難事例などから分かってきた。SARSが大発生した年、北京の病院でも看護人はすべて志願制であったが、感染を恐れて病院を離れた職員はほとんどいなかったという。

逆に、相手をパニック状態に陥れ、判断力が鈍ったところで「命令を与える権威者」の役割を自分に持ってこさせ、こちらの要求を通してしまうのがオレオレ詐欺などの手口である。

ここまでひどいことをしなくても、分の悪い退院の交渉直前に以下のようなことをする。

家族の聞こえるところで研修医を罵倒する ナースルームの机を思い切り叩く ムンテラ中にCPRコールをかけてもらう

何らかの「サプライズ」をおこすことで、医師-患者の攻守の立場を入れ替えることができる。こんな姑息なことはしたくないけれど、こうしたテクニックに自覚的であるに越したことはない。