否定しない外来対応

否定から決定的な対立が発生する

  • 「あなたに抗生剤は必要ない」
  • 「どうしてこんな時間に来たの? 」
  • 「あなたの病気は専門外だ」

たいていの場合、主治医のこんな「否定」をきっかけにして、決定的な対立という状況が発生する。

医師と患者とは、しばしば思惑が異なっていたり、利害が対立することがあるけれど、 お互いの社会的立場であるとか、病院という場所の特殊性であるとか、 様々な要素が挟まることで、病院での対話からは、対立の発生が回避されている。

医師が何かの「否定」を宣言して、たいていの場合、相手がそれで納得することはありえない。 患者さんはだから、「本当に大丈夫なのですか? 」とか、「何かあったらどうすればいいのですか? 」だとか、 否定に対して疑問を返す。

最前に「否定」を配置する、医学的な正しさを優先した、教科書的な対応を行ってしまうと、 そこを突破された場合、職業上、「負け」を認めることが許されない医療者にとって、 「否定」を繰り返すこと以外、できることがなくなってしまう。

病院内では、個々の対話においては「否定」を回避しつつ、最終的に、 医療者側の意図を患者さんに納得してもらう、交渉の目的となってくる。

縦深に配慮する

たとえば抗生物質の処方を求めて来院した患者さんに対して、 「あなたにそれは必要ありません」という対応を行うことは、 たとえそれが医学的に正しいことであっても、わざわざ病院まで出向いてきた、 相手の努力を否定することにつながる。

どんな形であれ、努力は報われなくてはならず、医療者側は、それを否定してはいけない。

抗生剤を求めた患者さんに対して、それが「いらない」と判断されたのなら、 まずは「必要かどうか調べましょう」という譲歩を行い、なおも納得してもらえないのならば、 今度は「点滴をしながら経過を見ましょう」だとか、譲歩の余地を広げていくやりかたが正しい。

譲歩と妥協を繰り返すことで、相手の浸透圧力を吸収することを狙うやりかたは、相手との決定的な対立を回避しつつ、 医療者側の譲歩と引き替えに、患者さん自身による「納得」を得ることを目指す。

譲歩の過程で「納得」が得られたならばそれでいいわけだし、調べたり、経過を見た結果として、 本当に抗生剤が必要な状況が発生したのなら、医療者は「負け」を認めることなく、患者の需要に応えることができる。

目的を手段に適応させる

時間外のような、医療者側に提供できるサービスが限られた状況で、 患者さんに対して「どうしてこんな時間に来たの ?」などと問い詰めるのは、 やはり相手に「否定」の印象を与えることで、決定的な対立を生み出してしまう。

あらゆる可能性に配慮した、「教科書的な」対応を行うためには、 時間外の医療リソースはしばしば不十分だけれど、 その責任を患者側に求めたところで、相手の不興を買うだけの結果しか得られない。

医療の目的は、その状況に置かれた医療者が取りうる手段に、適応されなくてはならない。

夜間で十分な検査ができないのなら、その時間に来た患者さんを叱るのではなく、 教科書的な、十分な対応を行うために、その人に入院を求めたり、点滴をつないだ状態で、 朝まで待ってもらうようお願いしたほうが、トラブルになりにくい。

「今の時間は不十分なことしかできません」でなく、「十分なことができる時間まで、 一緒に待ちましょう」と提案するやりかた。患者さんがそれを断るならば、 「否定」を宣言したのは相手側だから、医療者側の責任は、多少なりとも軽減できる。

代替案を用意する

やはり夜中に来た患者さんに対して、「今は○○がないので不十分なことしかできません」 という返しかたをすると、「じゃあ○○をこれから用意して下さい」なんて返される。

対話においてはだから、常に代替案が用意されなくてはならない。

「教科書的な、正しい対応を行う」ことが本来の目標ならば、 それができない状況においては、たとえば「朝まで一緒に待つ」といった代案は、 医療者側が提示しないといけない。患者側から「こうしてほしい」という提案がなされて、 医療者側がそれを「否定」する状況が発生してしまうと、今までなされた対立回避の努力は、 全て意味を失ってしまう。

代案が用意できない状況が予想できたなら、医師は一刻も早く、「負け」を認めなくてはならない。

夜間の内科当直に「子供の多発外傷」がやってくるケースなどは、もちろん実力的に十分な対応が 出来るわけもないのだけれど、ここで「自分は専門じゃない」という断りかたをすると、 「専門外でもいいから診て下さい」という、患者さんからの「代案」が提案されてしまう。

診療の困難が予想される患者さんからの依頼に対して、暗黙に「私は診られません」を 宣言したいのなら、「専門外」ではなく、真っ先に「私には診療する能力がありません」と 宣言して、「代案」が発生する余地を無くさないといけない。