共同体工学のすすめ

最近考えていることなど。

言葉の定義

  • 「共同体」と「主催者」というものを想定する。宗教団体ならば、教団と教祖の関係になるし、 パチンコ屋さんなら、パチンコ屋さんの門をくぐった顧客は全て、共同体の一員で、主催者は社長になる
  • 共同体はしばしば重なり、見る角度によって様相を変える。 「はてな」という共同体を主催しているのは近藤社長とその周りの人々だし、 「はてな村」という、議論それ自体を楽しむ共同体は、「はてな」と重なるけれど、主催者は異なる

「共同体工学」の目指すもの

  • 上手に制御された共同体は、実体としての力を持つ。「コミュニティエンジニア」は、 共同体に対する操作を通じて、そうした力を引き出そうと試行錯誤する
  • 「共同体の成功」というものを、主催者がそこから取り出した、実体としての力であると定義する
  • 「お金」であったり、投票のような「権利」であったり、行動であったり、主催者が、 共同体から大きな力を引き出せたなら、その共同体は成功している
  • たとえば「会社組織としてのはてな」は、あれだけの人数を集めて、 維持管理に会社一つ分の人的リソースをつぎ込んでいるにもかかわらず、共同体としての効率は悪い
  • はてな村」は、議論それ自体を楽しむ場所だから、これは「非営利共同体」であると定義できる
  • はてな」と重なるところの大きい、「梅田望夫氏」という共同体から梅田望夫氏個人が得たものは、 本の売り上げであったり、梅田氏の「名」であったり、個人が得たものとしては相当に大きい
  • 「共同体工学」みたいな学問を想定したとき、梅田氏のとった技法は、 だから近藤社長のそれよりも、「優れている」と言える
  • 理念だとか、ビジネスモデルの美しさには、何の価値もない。「正しさ」は、 主催者がその共同体から引き出し得た「行動」の総和として比較されるべきであって、 理論の美しさとか、ましてや「正しさ」など、負け犬の遠吠えでしかない

どうして人は行動するのか

  • 「人を動かす方法」は、アンケートでは調査できない
  • 同じ品質、同じ量のアイスクリームを、「四角」と「丸」、別の容器に入れて、価格を揃えて販売すると、 「丸」い容器のほうが圧倒的に売れる。それがマーガリンなら、白いものよりも、黄色く着色したほうが売れる
  • ユーザーに「どんなアイスクリームが食べたいですか ?」なんてアンケートを行ったところで、 「丸い容器がいい」なんて回答は得られない。誰もが自分は「自分は頭がいい」と思っているから、 アンケートには「品質がいいもの」だとか、「環境に優しいもの」だとか、考えているようでいて、 自分の購買を促した何かとは全く異なった答えを返す
  • 丸いアイスクリームを購入した人に種明かしをして、「どちらも同じだったんですよ」なんて指摘したあとでさえ、 たいていの人は気取ろうとする。素直な人なら、「こっちのほうがおいしそうに見えたから」なんて 感想を述べるだろうけれど、「頭がよく見られたい」ほとんどの人は、「丸い容器のほうが丈夫」だとか、 「丸い容器のほうが環境により優しい」だとか、種明かしをされるほんの一瞬前まで、 想像もしていなかったような「事実」を、その場で創作してみせる

人間というもの

  • 人間の「頭のよさ」というものは、状況を取り繕う、その一瞬にこそ最大限に発揮される。 コミュニティエンジニア「人間」を想定するときには、もっと愚かな、 「虚栄心を持った猿」みたいな生き物を想像しないと失敗する
  • メーカーが努力すべきは、「アイスクリームを丸い容器に入れる」ことだったり、 「マーガリンを黄色く見せる」ことであって、「身体にいい材料を使う」だとか、 「品質」を志向してはいけない
  • 大事なのは、「顧客にいいものを買った気分にさせる」ことであって、 ものの「よさ」それ自体は、売り上げに何ら貢献しない
  • 人間は利己的で、幸福を相対的に把握する。自分の幸せは「他人の不幸」を通じることでしか実感できない。 長期的なものの見かたはしない。目の前の利益に最大限固執して、それがあとから損になると分っていても、 まずは「目の前の飴に手を出す」ことをためらわない

良心はいらない

  • 良心というものは、「虚栄の購入」という形で、悪意で記述できる。「利他的な行動」も、たいていの場合、 「自分の利益と周囲のねたみ」とのトレードオフの結果として説明できる
  • ほとんど全ての「良い」行動は、恐らくは悪意で記述することが可能だけれど、あらゆる種類の 「悪い」行動は、「よさ」をどう運用したところで表現できない
  • 「良さ」という価値は、悪意で記述可能であるが故に、本来必要のないものであって、 共同体から行動を引き出すやりかたを考えるときに、「良さ」に軸足を置いたやりかたは、 だから必ず失敗する

通過儀礼」と「支払い」

  • ある共同体に誰かを引き込むやりかたと、共同体に入った誰かを、熱しやすい、 行動しやすい状態へと変換するやりかた、さらに、そうなった人から実際の行動を支払ってもらう 方法とは、分けて考えなくてはいけない
  • 人と人との距離というのは、共同体の効率に大いに影響する。ネズミ講みたいなやりかたは、 目の前に「友人」としてある相手の機嫌を損ねたくない、という心理を利用している
  • 距離を縮めれば、共同体の効率は上がる。プログラマーDankogai さんの書評なんかも、あれを mixi みたいな「相手の顔が見える」空間で行ったなら、恐らくは購買確率は上がる。もちろんblog の 読者数は、共同体が「閉じた」分だけ減るだろうけれど
  • 情報に情動を重積できると、ユーザーの行動はより強力に促される。潜在読者を「叩いて」見せた 梅田氏のやりかたは、恐らくはたくさんの読者を、購買に転化させた
  • 共同体工学的に、2 つのやりかたは「正しい」。ところが正しいやりかたを重ねると、 恐らくは大失敗して、せっかく生み出された共同体は、吹き飛んでしまう
  • 共同体の盛り上がり、さしあたって何かの行動につながらない「熱気」みたいなものは、 恐らくはノイズとして処理すべきなんだと思う。本当に忠誠心が高い共同体は、盛り上がらなくても黙って動く
  • たくさんの人を集めて、「盛り上がっている」ことを持って成功であると定義するやりかたは、間違っている。 扇動者は、共同体から行動を引き出す道具として熱気を用いるけれど、熱気それ自体を目標にした やりかたからは、「結果」は生まれない

支払いの問題

  • パチンコ屋さんは儲けている。何が面白いのか一切理解できないけれど、少なくともパチンコは、 日本を代表する巨大ビジネスになっていて、多くの人が、パチンコ屋さんにお金を落とす
  • 多くの共同体で、たぶん「支払い」の実装が問題になる。成功している共同体は、 恐らくは支払いの問題に、上手な解決手段を見いだしている
  • ネットマネーは面倒くさい。銀行振り込みの手続きはおっくうだし、 コンビニでお金を支払うにしても、何というか、「品物」が手元に来た感触がない
  • それはたとえわずかな時間であっても、自分の財布から現金を支払って、品物がない状態というのは、 「相手を全面的に信頼せざるを得ない」状態で、これは恐らく、 人間の猜疑心にとって、極めて不快な状況になっている
  • パチンコ屋さんに現金を支払うと、すぐにその場で「玉」にしてくれる。 「パチンコ屋さんという共同体」では、玉というのは通貨であって、それを使って遊ぶこともできるし、 品物を購入することもできる。現金を支払って、すぐに見える形で通貨が返ってくるから、不安が最小限になる
  • ネットマネーは、たとえ「○○ポイント」なんてカードをもらったところで、 実際にコミュニティにログインしてみないことには、お金があるのやらないのやら、分らない。 たとえ30秒ぐらいのことであっても、「確かめてみるまでは分らない」という状況は不安で、 ユーザーが、そのコミュニティにお金を落とす障壁になっている
  • 「支払い」につながる動作については、「コンマ秒」レベルの時間短縮が、ユーザーの行動を大きく変えうる。 Ctrl キーの連打でgoogle が立ち上がるgoogle デスクトップに出来ることは、ただそれだけのことにしか 過ぎないけれど、あれに慣れると、もうブラウザから検索することなど考えられなくなってしまう

銀行としてのAmazon

  • 「大きい」ことと、たいていの人が繰り返し利用していることで、Amazon は信頼を作っている。 Amazon が持っている最大の強みは「信頼」であって、競合サイトがどれだけの利便性を打ち出したところで、 状況をひっくり返すことは難しい
  • 一種の銀行機能をAmazon に託すやりかたは有望に思える。共同体の内部から、Amazon 経由で品物を買うことで、 アフェリエイトから「ポイント」を生むやりかた。信頼についてはAmazon に任せて、 何か品物を買ったその瞬間、コミュニティにあるユーザーの「お財布」には、ポイントが増える
  • 支払いは、ユーザーから隠蔽されなくてはならない。「ポイント」が貯まることで、 「支払い」は隠蔽され、コミュニティ内部では、それは「生産」と表現される。 下らないごまかしだけれど、どれだけ田舎の商店街にも「スタンプカード」が置かれているのは、 やっぱりあれは、間違いなく「効く」からなんだと思う
  • Amazon 経由で「ポイント」をためるやりかたは、商品を買えば買うほどに、 コミュニティ内での自分は「金持ち」になっていく。「自分は誤魔化されないよ」という人ほど、 こういうのに誤魔化されるような気がする

後戻りの出来ない通貨

  • 「宵越しの銭は持たない」やりかたは、たぶん現代でも通用する。散財により生み出された「ポイント」が、 何かの形で換金できたり、あるいは次の消費に利用できたりすると、人間はたぶん、「金を惜しむ」ようになる
  • 共同体内部での「通貨」は、だから内部での自由度を最大にすると同時に、顧客自身の懐には、 絶対に戻れないような仕組みを作っておかないといけない
  • 「戻れないお金」を手にすることで、人ははじめて、利己を捨てて、利他的な、 「良心的な」振る舞いを始める。消費というものは、恐らくは真っ先に「もの」に向くけれど、 「もの」がない場所に置かれた人間は、たぶん虚栄心の購入、良心を発揮できる場所へと動く。 もちろん全ての振る舞いは、最終的に「支払い」となって、主催者の懐を潤す
  • 「みんなが雪を持ち寄る雪山」みたいなものを想像するのがいいのだと思う
  • 雪を買うには現金が必要な雪山。雪は「鎌倉」を作る材料にもなるし、誰かに分けることもできるし、 「雪合戦」みたいな、お互いそれをつかんで相手を攻撃することにも使えるけれど、溶けるから、持ち帰れない
  • 「その空間にたくさんの現金がポイントに変換される仕組み」と、 「その空間でたくさんのポイントが消費される仕組み」とは、たぶん分けて論じられないといけない
  • 前者についてはタイミングの問題だとか、散財を巧妙に隠蔽する仕組み作りが大切
  • 後者についてはたぶん、ポイントをたくさん消費する人が、いい意味で「馬鹿」と言われるような、 対立軸が有料ユーザーと無料ユーザーとの間に来ることを回避するやりかたが望ましい
  • どの人形が最強だとか、どのアイドルが一番魅力的だとか、対立軸をお金以外の何かに設定して、 「善の無料ユーザー」と「善の有料ユーザー」、対抗する、悪の有料、無料ユーザーとが協力して、 お互い戦える世界観を生み出せると、ポイントの消費が期待できる
  • ポイントを使わないユーザーにも役割を与えないといけない。「自陣に有料ユーザーを誘致する」とか、 何かの役割を受け持ってもらうことで、自ら属する陣営に貢献できる機会が与えられないといけない
  • 「お金持ち」であることが、何か決定的な差を「生まない」、コミュニティ内部での「貧乏人」と「お金持ち」というものは、 ロールプレイングゲームで言うところの「戦士」と「魔法使い」みたいな、お互いの存在意義とか、 得意分野がそれぞれあって、お互い交換可能な存在でいられるような空間を生み出すことが、 最終的に、多くのユーザーを「ポイント購入」につなげる

体系化してほしい

人の動きをエンジニアリングするやりかたは、どの業界を見渡しても、あまり上手くいっていない。

経済学を含めて、そうした学問は、「起きたことを説明する」ことは出来るけれど、 「これから起きることを予測」したり、人を想定どおりに振る舞わせることは、まだ出来ない。

「共同体工学」は、だから各々の主観として、「こうしたら儲かった」みたいな記述を重ねることでしか見えてこなくて、 それは「症例報告」、学問のレベルとしては、一番証拠価値の低いとされるものでしかないけれど、 きっとすごく面白い逸話が集まるような気がする。