墨東病院のこと

墨東病院の産科が、11月から2人当直体制を復活させるらしい。

問題が発生した都立墨東病院墨田区)は、11月の土日祝日の当直体制を、
これまでの1人体制から可能な限り、>2人体制へと強化するとした。(中略)
当直が1人体制の日は、常勤医師による当直体制をとる。
同病院内の当直に入る産科医15人の中で、当直回数を増やしながら2人体制を実現。
今後は他の医療機関からの協力を得ながら当直体制の充実を図りたい意向だ。
【妊婦死亡】墨東病院、可能な限り2人当直体制へ - MSN産経ニュース

2人当直体制を「復活させる」とか、これは都が出した宣言みたいだけれど、今のところは人が増える当てはないみたい。

墨東病院産婦人科で常勤している先生は、たしか4人ぐらいしかいないはずだから、 増える負担の量はすごいだろうなと思う。

責任ゲームと扇動ゲーム

人数は変わらない。すでに限界を超えた運営。で、今まで一人当直で何とか回していたのを、 「来月から2倍で回します」なんて都が宣言出して、これがなんとか回ってしまうと、 そこで働く人達は、困った立場に追い込まれる。

人手が圧倒的に足りていない状況があって、上の人達もそれ分ってて、そこに重篤な患者さんが発生して、 都は十分な医療を供給できなかった。今のところはだから、その責任の所在について、 都知事厚生労働大臣と、お互い泥仕合

ここに「2倍働け」なんて命令が下りてきて、現場が今まで以上に頑張って、 たとえ一時的にであれ、「2倍」がなんとか回ってしまうと、 都には今度は、「実は今までは、現場がサボっていたから回っていないだけだった」なんて、 全ての責任を現場に押しつける、正当な理由が発生する。

「2倍」ができるにせよできないにせよ、そこで働く人達の「がんばり」というのは、 都が宣言した今の時点で政治の具になっているから、こんな宣言を受けた現場の人達は、 頑張れば頑張るほどに、変な場所に追い込まれてしまいそうな気がする。

「責任ゲーム」の戦法として、今回の都の宣言というのは、「悪いのはサボっていた現場の連中」 なんていうカードを切るための正しい手続きで、現場の人が宣言どおりに頑張ると、 「現場の責任」はますます正当化されてしまう。

都の「頑張ります」という宣言には、だから「都は現場の今までの頑張りを信じていません」という意味と、 「今回の事故は、全てはサボっていた現場のせいです」という意味と、行政は2つの意味を メッセージに込めていて、現場がこの宣言を受け入れて頑張ると、なんだかろくでもないことになる。

仮想敵を作ってはぐらかす

大阪の橋下知事なんかは、いろいろ言われてはいるけれど、扇動の文法を外さない交渉をする。

今は教職員の人達と大喧嘩している。橋下知事は、「9 割のまじめな教員は 常に頑張っていて、中に混じった1 割のクズが全てを悪くしている」で、一貫している。

そんな「1 割」が本当にいるのかどうかはともかく、1 割のクズを仮想することで、 橋下知事は、一般論として教職員を叩きながらも、あくまでも自分自身は「教職員を信じ、味方している」 というメッセージを声高に叫ぶことができる。「叩き」と「信頼」と、本来相反する価値観は、 「1 割のクズ」という仮想敵のおかげで、なんとか矛盾しないで両立する。

これをもしも「全ての教師は」なんてやりかたで教職員を叩いたら、知事はもちろん教職員の前に立てないし、 「まじめな先生」を知りあいに持つ多くの人達は、こんな言説に反感を持って、知事は支持者を失ってしまうだろう。

現場を分断して、分断された仮想敵を叩いてみせることで、市井の怒りを代弁しながら、 現場には「俺様はおまえの味方だ」と叫ぶ、扇動者の、統治者の、 これは基本中の基本のやりかたなのに、墨東病院を「統治」する人は、そのあたりを 大きく外してくる。もちろんしょせんはごまかしに過ぎないけれど、どうして一方的に「頑張ります」なんて メッセージを発信したのか、意図がよく分らない。

今回の状況に対峙して、橋下知事みたいな扇動者なら、たとえば「大儲けした夜は眠りこけてる開業医」だとか、 「分娩丸投げの不妊外来で笑いが止らない開業医」だとか、そんな仮想敵を設定して、 「リスクを取らないクズが現場を放り出したからこうなった」みたいな宣言を出しただろうなと思う。

いるんだかいないんだか分らない「汚い奴ら」を叩くことで、都の責任を回避しつつ、 墨東病院の現場を守る先生がたに「信頼」を表明するやりかた。

こういうのは昔からの伝統芸能みたいなものだし、都知事にしても大臣にしても、扇動の文法なんて、 裏の裏まで知り抜いているはずなんだけれど。