チェックリストについて

アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 」 という本の感想文。

コンサルタント方面の書評サイトで取り上げられていた本だけれど、作者は外科医だった。翻訳した人も、米国で医学生をしておられるのだと。

チェックリストは大事

  • ちゃんと作れば、チェックリストは役に立つ。チェックリストを作った話、その効果がちゃんと統計的に証明された逸話が本書にはたくさん取り上げられていたけれど、個人的には、そうした成功譚よりも、むしろ「ちゃんと作れなかったチェックリストが誰にも使ってもらえなかった」という、作者自身の失敗体験のほうが興味深かった
  • 役に立つチェックリストは本当に役に立つ。その代わり、そこに行き着くまでが大変なのだという。航空業界にはリストを作るための専用の部署がある
  • チェックリストとは要するに、場面、場面ごとに、何が一番大切で、何が忘れられやすいのか、落としてはいけない物事を最小限、できれば9つ以内のリストにまとめたものだけれど、その文言が漠然としていると、チェックリストを読んだその人は、何をすればいいのか分からないのだという
  • 個人的感想。たとえば手術前のチェックリストに「患者さんの気道に問題がないことを確認する」などと記載したところで、「問題がない」とはどういう状態なのか、具体的にどういう検査を行えば、問題ないと確認できるのか、読む人によって解釈が多様すぎて、役に立たない。このときにはたとえば、「患者さんの口を全開にして指が縦に3本入ることを確認する」などと、「問題ない」を行動で定義するほうが、チェックリストとしてはより正しいのだと思う

目的とコミュニケーション

  • リストの最初には、「まず大事なことはこれだ」と宣言するとうまくいくのだという。航空機のエンジン停止時チェックリストが例として引かれていたけれど、リストの最初には、「大事なことは飛行機を飛ばし続けることだ」と書かれている。チェックリストの目的はエンジンの再起動だけれど、本当に大切なのは飛行機を墜落させないことで、あまりにも当たり前すぎる何かが、非常事態にはしばしば忘れられて、惨事を招いてしまうのだと
  • 個人的感想。自分たちが普段作っている「鑑別診断リスト」には、医師ごとの考えかたが反映される。リストを頻度順に作る人もいるし、病理的に考えやすい順番で作る人もいる。自分はいつも「見逃したら死にやすい順番」でリストを作る。たとえば脳梗塞っぽい、片麻痺の患者さんを見たときには、脳梗塞の確定診断を進めるよりも先に、まずは低血糖から検索するようにしている
  • チェックリストに「お互いに自己紹介する」という文言を入れることが有効なのだという。その状況を確実に乗り切れるときには、自己紹介なんて必要ないけれど、一度不測の事態が生じて、先が不透明になったときには、単なる個人の集まりと、お互いに見知った「チーム」とでは、選択枝の幅が全く異なってくる。「まわりの人を名前で呼べること」の効果は非常事態にこそ発揮されて、だからこそ、非常事態に備えたチェックリストを作る際には、ルーチンで「自己紹介」を組み込んでおくべきなのだと

リストはしばしば無視される

  • 何か言いたいことをリスト化していくと、それがうまくいっているときほど「馬鹿っぽく見える」のが、個人的には難儀だなと思う。シンプルに過ぎて、それが正解なのに、それが故に「こんなの当然だろ?」と言われて、チェックリストはスルーされてしまう
  • この本では、「良くできたリストほど案外守ってもらえないものだ」という話題の枕に、手洗いの逸話が引かれていた。「手を洗おう!」という当たり前のことを守らせるのがどれだけ難しく、またそれを守るだけでどれだけ効果が上がるのか。これだけ身近なことでも、ずいぶん大きく変わるのだと
  • 分からないことはリスト化できない。本書では、複雑で大きすぎる問題であっても、各コンポーネントをチェックリストで確実にすることで、最終的な成功確率を上げられるという話題が、ビル建築の逸話で取り上げられていた
  • 自分たちの業界限定だけれど、自分は普段、分からないときには「ここまで探索したけれど死に直結する異常は見つからなかった」という状態を暫定的な到達目標にしている。「分かる」を到達目標にする人から見れば、この状態は「分からない」と何ら変わりがないかもしれないけれど、漠然としすぎた主訴への対処が少しだけ容易になるような気がしている

感想

  • 「リストはいいものだよ」という啓蒙書だけれど、参考になった。これを書いたのは外科の先生だけれど、内科にもそうしたリストがほしい
  • 具体的なリストの作りかたには、あまり深く踏み込まれていない。チェックリストは場面ごとに作られるべきだけれど、場面の切り分けというものを具体的にどうするのが正しいのか、それについてもあまり深く言及されていない。業界をまたいだ様々な逸話を引いた本だから、ある意味これは仕方がないのだけれど
  • チェックリストは、実際に気合いを入れて作ったリストほどスルーされてしまう。「当然」と看破されるシンプルなリストを用いることで、「だいたいこのあたり」という到達点を、どこまで狭い公差の範囲に追い込めるのかが勝負所になる。病院という文化が建築や航空の業界を目指すには、まだまだ文化の差が大きすぎるなと思う
  • 畳のヘリを歩くのは簡単だけれど、同じ幅の道を上空100m に持ち上げられると、たいていの人は歩けなくなる。自分が普段どう歩いていたのか、必死に思い出そうとして、何も浮かばず動けなくなる。頭が真っ白になるような状況において、「普段の当然」をリストとして持っていると、もしかしたら役に立つ
  • 救急外来から患者さんを病棟に連れ出す際には出口をくぐる。出口の天井あたりにチェックリストを貼りだして、「低血糖除外したか?酸素大丈夫か?吐いたときの用心にビニール袋とガーゼを持ったか?エレベーター止めてあるか?患者さんの貴重品は忘れてないか?外に引っかかりそうなカテーテルはストレッチャーからはみ出していないか?」と書いておくといいなと思った。そうした張り紙は、病院機能評価を受けた昔、「これは汚いからはがして下さい」なんて指導を受けて、もうずいぶん昔になくなってしまったのだけれど