堅牢さについて

  • セキュアなシステムというものは、どこかに歴史を内包している。それぞれの階層は、それぞれの時代で使われた技術で作られていて、技術は階層をまたがないようになっている
  • 乗用車のパワーステアリングは古典的なギア機構だけれど、アシスト貴構は、それを包み込むような構造になっていて、精緻な制御と堅牢さとが同居している。フライバイワイアのシステムは、そのあたりどこか、過去を切り捨てた怖さがある。高性能を目指したシステムと、堅牢さを目指したシステムと、おそらく両立は難しいのだと思う
  • 東京都消防のPCが落ちた際、消防署の職員はビルの屋上に上がって火の監視を行った。現代の通報システムがダウンしたときに役立ったのは、江戸時代の火の見櫓のシステムだった
  • 米軍のミレミアムチャレンジにおいて、敵役を任命された将軍は、「開戦当初に米軍は敵の通信設備を破壊した」という設定に対抗して、サーチライトと手旗による通信を駆使した結果、演習とはいえ最新鋭の米軍を打ち負かした。これはハイテクに頼った米軍の限界を示したのと同時に、この将軍もまた海兵隊軍人であって、米軍というシステムの堅牢さを示した例であったともいえる
  • 計画停電の際、総電子化された基幹病院は、院内の通信が全て止まった結果として、業務が停止した。厨房も高層にあったから、食事の配膳はおろか、水が使えなくなって往生したのだと。紙カルテ併用、「厨房は水のそば」を守る施設は、全館停電の中にあって、最低限度の業務は止まらなかった
  • PCにはBIOS があって、ドライバがあって、OSがそれを支配して、さらに上位にアプリケーションが乗る。こうした構造もまた歴史の内包であって、堅牢さに貢献しているのだと思う
  • 基本的にはたぶん、現代にセキュアなシステムを組もうと思った際にもまた、進化の歴史を繰り返す必要がある。中心部分にはなるべく原始的な、できれば人力で動かせる、制御はラフでも確実な構造を用いて、それを外側から、機械や電子を駆使した精密な制御を試みる。システムを直接電子制御するやりかたに比べれば無駄が多いかもしれないけれど、こういう仕組みを作っておかないと、いざというときに「ここで決死隊を組織できれば何とかなる」ような状況は、そもそも生み出せない
  • 歴史を内包したシステムを「改良」する際には注意を払う必要がある。それを「無駄」と切って捨てるのが間違いであるのは当然として、その場所を改良する際には、そのときに使えた技術にはどんなものがあったのか、使える道具や技術にも、あえて制限を加えないと、堅牢さが損なわれてしまう可能性がある
  • ミュージカル「ライオンキング」の舞台には、びっくりする仕掛けがいくつも施されているけれど、基本的には全て「人力」で、電気仕掛けやCGのような道具立ては使われていない。そうしたハイテクを用いれば、もっと安価に、もっと大がかりな舞台を作ることができるかもしれないけれど、あえてそれをやらないで、昔ながらの技術に現代の発想で挑んでみせることで、あの驚きが生まれたのだと思う。歴史を内包したシステムを改良する際にも、たぶんそうした態度が必要になってくる