下段の間合いを削る人

誰かに病状説明をするときには、その人と自分との「間合い」に気をつけるようにしている。とても丁寧な応対を繰り返しつつ、間合いを削ってくる人と、間合いの全く変わらない人とがいて、間合いを削ってくる人には、企業を運営している人からラーメン屋さんまで、漠然と「自営」で生活している人たちが多い印象を持っている。

間合いを削る人

「自営」の人たちはみんな愛想がよくて、「どうぞ一つ、よろしくお願いします」なんて、笑顔で頭を下げる。空気は最後まで和やかなのに、話し合いの時間をかけて膝と膝との距離を詰められる気がする。何か脅すだとか、何かの取引を強要されるだとか、そうしたことは全くないのだけれど、何となく間合いが詰められた感覚を覚えて、あとからカルテを見直すと、漠然と「自営」圏の人であった、ということがけっこう多い。

仕事というものを、大ざっぱに「自営」と「非自営」とに分類すると、「非自営」圏の人企業に勤めている人や、公務員の人たちは、同じ「よろしくお願いします」でも、間合いが全く変わらない印象がある。

「自営」圏の人たちにとって、頭を下げるという行為は、どこか「有利な場所を作っておく」という感覚に結びついているのだと思う。頭を下げたり、和やかな会話をすることを、あとから何かの伏線に利用できないか、そんなことを考えているように思える。「非自営」圏の人たちは、「頭を下げれば相手も同様にへりくだる」、というルールを仮想しているように見える。同じ「よろしくお願いします」であっても、そこに込められた意味がずいぶん違う。

受けかたは微妙に違う

頭を下げつつ、間合いを削ってくる人には気を遣う。その人の「よろしく」に抵抗することがそもそも難しいし、何かの約束をするときに、「その時間はちょっと忙しいので」だとか、適当なごまかしをやってしまうと、あとからろくでもない結果を招く。「ちょっと忙しい」はずのその時間に、主治医は病棟で手持ちぶさたで、いないはずのその人がなぜか病棟にいて、「先生、今ちょっとだけいいですかね」なんて、にこやかに静かに歩いてこられて、もう何も言い返せなくなったりもする。

間合いの変わらない人との会話というものは、相手が想定したルール、たいていは「漠然と丁寧な態度」を守っている限りは、トラブルにならない。その代わり、「ルール」を決定するのはその人で、そこに交渉の余地がないことが多い。極めて厳しいルールを押しつけようとする人たちが「クレーマー」と呼ばれて、こういう人たちはたぶん、「非自営」圏に所属していることが多い。

どちらにしても、自分たちにできることとできないこととをある程度はっきりさせつつ、丁寧な態度を崩さないように心がけるのは同じなのだけれど、受ける側のやりかたは少しだけ異なってくる。